発電所建設の目的とあゆみ
1919年(大正8年)7月,石炭節約に関する国策として,鉄道の電化及びその動力源として信濃川に水力発電所を整備する方針が閣議決定されました.決定を受けて具体的な設置計画の検討が進められ,途中関東大震災による事業の一時中止などがあったものの,1931年(昭和6年)4月に信濃川水力開発工事(第1期)に着手しました.計画は,宮中地区で信濃川から水を取水し,まず千手(せんじゅ)発電所で発電を行った後,さらに導水路を通して下流に設けた小千谷発電所で2度目の発電を行い,信濃川へ戻すという2段発電方式で,昼・夜間に水を一旦貯め,朝夕のラッシュ時に合わせて発電所に水を一気に送る役割を持つ調整池を各発電所近傍に1箇所ずつ設けるものでした.これらの工事は大規模かつ巨額の費用が必要なため,4期に分けて開発されることとなり,途中第二次世界大戦の勃発と敗戦に伴う資材不足や一時中止など,時代の荒波に揉まれながらも,鉄道電化の進展と歩を共にしながら推し進められ,1969年(昭和44年)に完成しました.
その後,更なる電化の進展や列車の増発に伴う電力需要の大幅増加に対処するため,またエネルギーの脱石油化を進めるために,1985年(昭和60年)に信濃川水力再開発計画(第5期)に着手し,1990年(平成2年)6月に完成しました.
主な設備は,宮中取水ダム,浅河原調整池,千手発電所(以上1・2期),山本調整池,小千谷発電所(以上3・4期),山本第二調整池,小千谷第二発電所(以上5期)及び各期1条ずつ,計5条の水路を構成するトンネル・水路橋群であり,これら全てを合わせてJR信濃川発電所と総称します(図-1,写真-1).以下,(図-1)に示す,1・2期,3・4期,5期の3つに分けて,各々の工事とともに,その際導入された新たな土木技術などについてご紹介していきます.
第1・2期(1931年(昭和6年)〜1945年(昭和20年))
■第1・2期工事の概要
宮中取水ダム(写真-2)は,信濃川の水をせき止めて発電所へ導水するために作られた鉄筋コンクリート製の重力式ダム(※1)で,洪水時に備えて洪水吐ゲート9門と排砂ゲート2門を備えています.また右岸側にサケ等が遡上するための魚道を備えています.取水ダムで堰きとめられた水は宮中取水口から沈砂池へ入り,排砂後に水路トンネルを通って浅河原調整池に一旦貯められ,そこから圧力トンネル(※2)で千手発電所へ送られます.浅河原調整池(写真-3)は,もともとあった渓谷地形の下流側に堤体長314m,堤体高さ37m の土堰堤を構築してできた,有効貯水量85万立方メートルの池です.1・2期工事で最も難航したのがこの土堰堤工事で,1年のうち4ヶ月が積雪期,それ以外の季節も雨が多く堰堤の盛土に使った粘土がなかなか乾燥せず,1945年(昭和20年)までかけてやっと完成しました.
国内では土質力学に関する理論が未熟な時代でしたが,当時の技術者たちは土質に関する海外の文献や東京の村山貯水池,山口貯水池の土堰堤を参考に設計・施工を行いました.
■第1・2期工事で用いられた施工技術
戦前・戦中の施工であったにも関わらず,残されている工事写真によるとかなりの機械化施工が行われていたことが窺えます.中でも特筆すべきは,1期工事でコンクリートバイブレータを国内で初めて使用したことでしょう.コンクリートの品質管理に気を配っていたことがうかがえます.また,掘削にスチームショベル,土堰堤の締固めにロードローラを使用していました.(写真-4・5・6)
第3・4期(1943年(昭和18年)〜1969年(昭和44年))
■第3・4期工事の概要
千手発電所で使用した水を再利用する為,発電所から信濃川への放水路の途中から分岐して15km余りの水路を構築しました.水路はほぼ全てトンネルですが,起点から概ね9kmの地点に真人沢(まっとざわ)という谷があり,そこにはRC(鉄筋コンクリート)構造の水路橋が設けられました(写真-8).水路の終点には山本調整池(写真-7)がつくられ,そこから小千谷発電所に水を落として発電し,最終的に信濃川へ放水されます.工事は戦時中の1943年(昭和18年)11月に着手しましたが,時局の悪化により翌1944年(昭和19年)11月一時中止の止むなきに至り,戦後の1946年(昭和21年)10月に工事を再開しました.1951年(昭和26年)には小千谷発電所での発電を開始し,1954年(昭和29年)の山本調整池完成をもって第3期工事が終了しています.第4期工事は水路と発電機の追加工事で,1957年(昭和32年)6月に始まり,途中財政難により工事期間が延伸されましたが,1969年(昭和44年)12月に完成しました.
■第3・4期工事で用いられた施工技術
昭和20年代施工の3期工事で特筆すべきことは,コンクリートの材料配合に重量配合の考え方を本格導入し,大規模に適用したことです.長年の間通例的に踏襲されてきた材料の体積に基づく配合ではなく,コンクリート強度及び耐久性確保の観点から水とセメントの重量比(W/C)の値を最初に定め(基本的に60%),セメント,細骨材,粗骨材,水の重量を試験練りによって決めることとしました.使用するセメントや骨材の粒度分布の違いなどを考慮して数多くの試験配合が繰り返され,その結果を基に必要な強度を得るための配合が決められました.また,山本調整池は,有効貯水量103.1万立方メートルと浅河原調整池よりも大きく,堰堤等の土工量も莫大でしたが,国鉄東京操機工事事務所による直轄工事を行い,パワーショベル・ブルドーザー・スクレーパー・ローラーなど,米軍から払い下げとなった重機械をフル活用して短期間に施工しました(写真-9).
第5期(1985年(昭和60年)〜1990年(平成2年))
■第5期工事の概要
1980年代に入ると,電化や新線建設,列車の増発や長編成化,冷房の標準装備化など,お客さまサービス向上のために電力需要が急激に高まってきました.また動力の脱石油化を図ることも経営上の課題とされていました.そこで,信濃川水力再開発計画が策定され,1985年(昭和60年)に工事着手しました.これは,宮中に新たに設置する取水口から有効貯水量320万立方メートルの山本第二調整池(写真-10)まで導水し,そこから小千谷第二発電所に水を落として発電するもので,最大出力は約20万kWと3発電所中最大です.工事は1990年(平成2年)に完成し,6月から発電を開始しました.水路の途中には,源藤山沢(げんとやまざわ)水路橋(写真-11),5期真人沢水路橋(写真-12)という二つの橋りょうも架けられました.5期真人沢水路橋は,橋脚の高さが55mもあり,約1万トンの水を支えることとなる為,地震動に関する動的解析を用いた設計を行っています. また,山本第二調整池は,堆積軟岩である魚沼層を基礎としています.若い岩を極力破壊しない基本思想と,きめ細かな施工管理で基礎処理を実施しました.
■第5期工事で用いられた施工技術
全長26.7kmの水路トンネルのうち,山本第二調整池にそそぐ最下流部の約3km区間の掘削に,ECL工法(Extruded Concrete Lining:直打ちコンクリートライニング)を採用しました.ECL工法は,掘削工法としてのシールド工法と,その後の覆工コンクリートの現場打設を一連の機械装置に組み込んで行う工法で,都市土木施設での採用実績はありましたが,山岳トンネルでの採用は日本初で,その実績により1989年度(平成元年度)の土木学会技術賞を受賞しました.また,信濃川水力発電再開発の計画・設計・施工全体で1990年度(平成2年度)の土木学会技術賞を受賞しました.
その後の歩みとこれから〜環境配慮と地域共生を目指して〜
新潟県内に甚大な被害をもたらした2004年(平成16年)10月23日発生の新潟県中越地震は,震央から山本第二調整池までわずか5kmほどと極めて近く,信濃川発電所においても調整池の土堰堤や放水路護岸,発電所建物等が大きな被害を受けました.しかしその後の詳細な調査の結果,幸いにも作り直しを要するような根本的な損傷はなかったため,昼夜にわたる復旧工事を開始し,2005年(平成17年)5月には調整池を使わない発電を開始,さらに2006年(平成18年)3月には調整池も復旧して,全面発電を再開しました.この復旧工事についても,2006年度(平成18年度)の土木学会技術賞を受賞しています.2009年(平成21年)3月には信濃川の水を許可された最大取水量を超えて取水していたこと等から,河川管理者である国より流水の占用許可取消等の行政処分を受けましたが,法令順守等の再発防止策に努めるとともに,河川環境との調和や地域の皆さまをはじめとする関係の皆さまとの共生を図ることに誠心誠意取り組むことで,2010年(平成22年)6月に再び流水の占用の許可を得て,発電を再開しました.
JR東日本では年間約60億kWhあまりの電力量を消費していますが,信濃川発電所ではそのうち約1/4を発電し(図-2),東京近郊や上越線を走る電車の走行や駅構内の照明・空調などに活用されています.また,発電の際に二酸化炭素(CO2)を排出しないクリーンエネルギーとして,その存在意義はますます高まっています.
信濃川の河川環境を守りつつ,それの持つ莫大なエネルギーを地球全体の環境に配慮した形で有効活用していくことの意義は今後ますます高まっていくことでしょう.JR信濃川発電所の水路トンネル・水路橋や調整池等の土木構造物群は,鉄道会社の保有する施設の中でも,駅や鉄道橋などと異なり,人々の目に触れることの少ない地味な存在ではありますが,鉄道を支えるクリーンなエネルギー源確保のためのインフラとして,さらに環境配慮・地域共生のシンボルとして,これからも重要な役割を担い続けます.
諸元
脚注
※1:重力式ダム:コンクリートや岩石などを堰堤状に積み上げ,その重さで貯水圧に耐えるダム※2:圧力トンネル:内部が水で満たされ,全断面に水圧がかかった状態で導水するトンネル.