第44回(平成26年4月22日)

芦沼を田園都市に変え市民生活を維持する農業用排水機場
親松排水機場(新潟市江南区)

かつての亀田郷での農業

 低湿地帯の亀田郷一帯は、かつて「芦沼」と呼ばれていました。また、「地図にない湖」ともいわれ、農民は胸まで水に浸かりながら田植えや稲刈りなどをせざるを得ない状況でした。
 洪水はもちろん、海が荒れても海水が逆流するため、常に自然の驚異にさらされ、亀田郷の歴史は水との闘いと言われてきました。
【当時の田植え】
【当時の田植え】
【当時の稲刈り】
【当時の稲刈り】
司馬遼太郎より

栗ノ木排水機場から親松排水機場へ

昭和23年に農林水産省の国営事業阿賀野川地区により、当時は東洋一の規模を誇る栗ノ木排水機場(排水量40m3/秒)が完成し、地区の排水環境は飛躍的に進展しました。
【栗ノ木排水機場の外観】
【栗ノ木排水機場の外観】
【栗木排水機場の内部】
【栗木排水機場の内部】

しかし、昭和39年の新潟地震により栗ノ木排水機場が被災し、原位置での復旧が困難であったことから、鳥屋野潟の対岸に場所を移して、昭和43年に親松排水機場(排水量60m3/秒)が日常的な排水を担う代替施設として建設されました。
【初代・親松排水機場の外観】
【初代・親松排水機場の外観】
【初代・親松排水機場の内部:竣工式】
【初代・親松排水機場の内部:竣工式】

その後、30余年が経過し、設備の老朽化によるポンプの異常停止や維持管理費の増大などにより排水機能を維持することが難しくなったことから、国営かんがい排水事業亀田郷地区により平成20年に更新されました。
【現在(2代目)・親松排水機場の外観】
【現在(2代目)・親松排水機場の外観】
【現在(2代目)・親松排水機場の内部】
【現在(2代目)・親松排水機場の内部】

親松排水機場の運転管理

 亀田郷は海抜ゼロメートル以下の土地が約3分の2を占める低平な輪中地帯となっており、鳥屋野潟の水位を常時マイナス2.5mに維持するため、親松排水機場を24時間運転し信濃川に排水しています。信濃川の平水位1.09mとの水位差は3.59mに及びます。
 また、降雨時には2cm水位が上昇する毎にポンプが順次稼働し、3台目から洪水用ポンプが稼働します。それでも水位が下降しないような洪水時には、常時水位よりも30cm上昇したマイナス2.20mから隣の鳥屋野潟排水機場が稼働し、連携して運転を行っています。

【鳥屋野潟の運転管理水位模式図】
【鳥屋野潟の運転管理水位模式図】

変貌する農業と生活も支える親松排水機場

かつて、「芦沼」と称されていた亀田郷一帯は、水と緑の田園型政令市として発展し、水稲・野菜・果樹・花卉などを栽培する豊かな田園が広がっています。
【効率的な稲刈り】
【効率的な稲刈り】
【野菜、果樹、花卉の栽培】
【野菜、果樹、花卉の栽培】

 一方、亀田郷内の内水位低下と経済成長による都市化の進展に伴い、農地から住宅や商業施設などへの開発が進み、現在の都市融合型田園地帯を形成しています。 しかしながら、都市化が進んだ現在でも、常時、内水位マイナス2.5mを維持し続けているのは農業用の親松排水機場です。親松排水機場は農業生産を維持するとともに、市民生活を24時間休み無く支え続けています。
【開発前の鳥屋野潟周辺と親松排水機場】
【開発前の鳥屋野潟周辺と親松排水機場】
【開発が進む鳥屋野潟周辺と親松排水機場】
【開発が進む鳥屋野潟周辺と親松排水機場】

参考文献

  • 国営かんがい排水事業亀田郷地区事業誌
  • "新潟"であるために・十章
  • 写真:亀田郷土地改良区

    基本データ

    ○計画諸元
    ・受益面積(農地):4,235ha・流域面積:86km2・計画基準雨量:3日連続196mm(1/10確率)・工期:H14〜H20・排水量:60m3/s
    ○常時用ポンプ
    ・台数:2台・形式:立軸軸流・口径:2,400mm・排水量:15m3/s・全揚程:4.4m・原動機:電動機
    ○洪水用ポンプ
    ・台数:2台・形式:立軸軸流・口径:2,200mm・排水量:15m3/s・全揚程:5.0m・原動機:二軸式ガスタービンエンジン
    ○建設管理者
    ・建設所有者:農林水産省・管理者:新潟県農地部

    アクセス

  • 住所:新潟市江南区太右エ門新田(主要地方道 新潟・小須戸・三条線沿い)
  • JR新潟駅南口より 車で約20分
  • 公共交通:新潟交通バス 万代シテイバスセンター発 曽野木ニュータウン行、
    または、曽川・嘉木・酒屋車庫・小須戸神社前行 親松バス停下車 徒歩5分

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